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古代日本にも「くつ」があった?! 日本オリジナルの「くつ」の歴史

はきもののはじまりは「モカシン」風

はきものをはくという習慣は、縄文時代にはじまったと考えられています。
縄文人がはいていたのは、足を包む形のモカシン風のくつ。
モカシンとはアメリカの先住民が履いていたもので、靴紐や金具などが無く、一枚の革でできている靴のことを指します。
縄文後期の遺跡からは、くつをかたどった土器が発掘されています。
狩猟が中心だったといわれる彼らの生活には、きっとくつの方が便利だったのでしょう。
くつの素材は、はっきりとはわかっていませんが、皮などを使っていたのではないかと考えられています。
このくつは、のちに、猟師が山で使うはきものや、チェプケリというアイヌのくつ、雪沓(ゆきぐつ)などの形に発展しました。

鮭の皮で作るくつ、「チェプケリ」

アイヌのくつ「チェプケリ」は、鮭皮でつくられたはきものです。
大人のくつを一足つくるためには、4匹の鮭が必要で、丁寧にはいで干した皮を、皮針とつるうめもどきの糸ではぎ合わせました。
「ほっちゃれ」と呼ばれる産卵後の鮭の皮は、他の時期のものと比べて特に厚く、長持ちがするとして喜ばれたそうです。
このチェプケリをはいたまま、いろりのそばで足をあぶったりしていると、皮が焼けてしまってすぐに穴があいてしまった、という話も残っています。
なんだか香ばしい香りが漂ってきそうなお話ですね。

藁(わら)でできたブーツ、「雪沓」

「雪沓(ゆきぐつ)」は、雪の時にはくための、わらで出来たはきものです。
「ゆきんこ」がはいているくつ、といえば、雰囲気がつかめるでしょうか。
足首までの「浅沓(あさぐつ)」や脛まで覆う長さの「深沓(ふかぐつ)」のような、ブーツタイプから、つま先のついたスリッパのような形の「藁沓(わらぐつ)」まで、地方の雪質の違いや用途に応じて、様々なパターンのくつが作られました。
深沓でもぬかってしまうような雪の深いところを歩くときには、カンジキとあわせてはいたそうです。

神主が履く木のくつ「木履」

中国大陸から伝わり、上流階級の礼装として使われた「浅沓(あさぐつ)」。
これは現在でも、神主のはきものとして残っており、「木履(ぼくり)」と呼ばれています。
飛鳥時代、中大兄皇子が蹴鞠(けまり)に興じていた時に、けり上げた勢いでくつが脱げて転がりました。
機を伺っていた中臣鎌足が、そのくつを拾い上げて差し出したのが、大化の改新を主導したリーダーたちの出会いだった……とは、日本書紀に描かれた有名な場面。
その出会いのきっかけになった、飛んだくつが、この「木履」だったと言われています。





「くつ」ではなく「草履」が発達した理由とは

このように、古代よりくつの文化を持ちながらも日本でくつが発達しなかったのは、日本人の「ある習慣」が原因ではないかと考えられています。
それは、「室内では、はきものを脱ぐ」という習慣。
家の中でも靴を履いている文化でくつが発達したのとは対照的に、家の出入りのたびにはきものを脱ぐ文化の日本では、下駄や草履などのほうが便利だったようです。
また、湿度が高く、足が蒸れやすい日本の気候も、くつが発達しなかった原因の一つかもしれません。
時には、洋服にも合う下駄や草履ばきで過ごしてみるのも、日本に暮らすわたしたちの足にとっては、うれしいことかもしれませんね。




【参考文献・URL】 イラストで見るモノのうつりかわり 日本の生活道具百科3 装う道具
監修/岩井宏實 イラストレーション/中林啓治

平取町立二風谷アイヌ文化博物館公式HP
http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/


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